PROJECT | 取組み

2022/09/26

【対談】尊厳をもって生きる社会を創る障がい者雇用~東京しごと財団×KDDIエボルバ〜

障がいのある人材がやりがいを持って働き、自立して生活を営んでいく。そうしたことが「ふつう」である社会の実現に向けて、企業はどんなことに取り組んでいけばいいのでしょうか。

現状の課題とは何か、また課題解決に向けた現場の取組みとは、そしてその先に開ける未来とは──。都民の雇用・就業を支援する専門機関である東京しごと財団とD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)に積極的に取組むKDDIエボルバ、それぞれの立場から障がい者雇用推進に心血を注ぐお二人が、想いを語り合いました。

公益財団法人 東京しごと財団
総合支援部 障害者就業支援課 コーディネート事業係 課長代理

中村嘉志さん

1993年、東京しごと財団に入社。総務課、しごとセンター課、シルバー人材センター課を経て、現在は障害者就業支援課にて企業向け啓発セミナーや企業見学支援事業、職場体験実習事業、東京ジョブコーチ職場定着支援事業を担当。キャリアコンサルタントでもある。前職は公立中学校の社会科講師。大学時代の同級生の妻と高校生と大学生の子ども2人の4人家族。家庭では朝食づくりを担当。趣味はドライブ。北海道と本州各県は走破。好きな言葉は「あしたはきっといい天気」。

KDDIエボルバ
総務人事本部 D&I推進部 事務サポートグループリーダー

村上美方子さん

2001年、KDDIエボルバ入社。営業、コンタクトセンター運用管理、派遣社員統括管理を経て、2016年「多様な人財の働き方を広げたい」「ダイバーシティに取組みたい」という思いで、立ち上げたばかりの障がい者雇用の専門部署「事務サポートグループ」にグループリーダーとして異動、牽引。産業カウンセラー、認定職場内障害者サポーター、障害者職業生活相談員、精神・発達障害者サポーター。外部企業に向けた「職場内障害者サポーター養成講座」や「障害者雇用企業見学会」の講師としても活躍中。

大切なのは法定雇用率の達成ではなく誰もが長く楽しく働き続けること

現在、お二人が取り組まれている業務内容についてご紹介ください。

中村嘉志(以下、中村)

私が勤めている「公益財団法人 東京しごと財団」は東京都の政策連携団体で、すべての都民の「働く」を支援する組織として活動しています。

支援対象には当然、障がいのある方も含まれていることから、障がい者雇用推進のための部署も設置されています。私はそこに所属しており、企業に対する雇用促進のための支援のほか、雇用が進んでいる企業の見学会も主催しています。

村上美方子(以下、村上)

私は2016年に、当時立ち上がったばかりの「事務サポートグループ」に異動してきました。ここでは主に印刷や事務・庶務代行、社内便など、全社員に対する支援業務を行っていて、障がいのある方を積極的に採用しています。

障がいのある20名以上のメンバーと一緒に働きながら、それぞれの特性に合ったサポートやノウハウの蓄積、マネジメントする人の育成や意識改革、社内外への発信などに取り組んでいます。

村上さんを中心とした「事務サポートグループ」のメンバー
「事務サポートグループ」メンバーの仕事風景

中村

企業で障がい者雇用を促進するには、それを牽引するキーパーソンが欠かせません。KDDIエボルバの場合はそれが村上さんだと思っています。先行事例が少ない中で、よくここまで推進されたと感銘を受けました。障がい者雇用の先進企業として、私たちが主催する企業見学会の見学先としてもご協力いただいています。

村上

KDDIエボルバの例が少しでもお役に立てていただけたらうれしいです。でも、私も最初は何から手をつけたらいいのか分からず、試行錯誤の連続でした。

頼まれてもいないのに、障がいのある方のサポートノウハウをまとめた冊子を作って、全国にいる社内の部長たちに、勝手に送りつけたりしていました(笑)。どうしたら雇用推進の役に立てるかと無我夢中でしたね。

近年では多くの企業が障がい者雇用に取組み始めています。その背景のひとつである「障害者雇用促進法」について教えてください。

中村

同法は、すべての国民が障がいの有無によって分け隔てられることなく、尊重し合いながら共生する社会を実現しようという「ノーマライゼーション」の理念のもとつくられました。

2021年の改正以降、社員が43.5人以上の企業には、障がい者雇用率を2.3%とすることが義務づけられています。この雇用率を達成していないと、100人以上の規模の企業は一定の納付金を支払わなければなりません。

村上

現在、KDDIエボルバには障がいのある社員が500名以上活躍しています。これは、ダイバーシティインクルージョンの風土醸成を大切にし、これまでも、年齢や国籍、障がいの有無、個性、価値観にかかわらず全ての人財が等しくイキイキと働ける環境の整備に取り組んできた結果だと思っています。

KDDIエボルバは法定雇用率を達成していますが、雇用率の達成を障がい者雇用の目的にしていません。 雇用するだけではダメで、長く楽しく働き続けてもらえなければ意味がないと考えています。

中村

そのとおりで、雇用した後にいかに「戦力」として能力を発揮してもらうかが重要ですね。

こうした理念に加え、少子高齢化による労働人口の減少もあり、国は障がい者雇用に本腰を入れています。近いうちに週20時間未満の超短時間労働も雇用率計算上の「雇用」として認められるでしょうし、障害者雇用促進法における雇用率の引き上げも予想されています。これを機に、企業の取組みがさらに進むことを期待しています。

そうした状況の中、中村さんはKDDIエボルバの現状をどう評価されていますか?

中村

各企業の取組みは進みつつあるとはいえ、現状では障がいのある方が応募できる業務を限定している企業も少なくありません。その点、KDDIエボルバはさまざまな部署において「障がいのある方もすべての業務にご応募いただけます」とうたっています。これには非常に驚きました。

●KDDIエボルバにおける障がい者の就労業務割合(2022年8月末)

・★印業務は、障がい者雇用促進の専門部署です
・クリーンスタッフは、ビル清掃から消毒作業、ごみ収集など、従業員の健康とセンターの清潔を保つ業務です

村上

KDDIエボルバには人財を大切にする組織風土や社風があって、もともと本当に個性豊かな社員で溢れています。

例えば、採用面談の段階で面談者に障がいがあることを知るケースもあります。そして採用後は、障がいのある方もない方も、それぞれの適性に応じた業務に就いていただいています。

支援機関と職場が感じる共通の課題は障がいの特性や必要な配慮を知らないこと

それぞれの立場から、課題と感じている事柄をお聞かせください。

中村

企業に障がい者雇用を促すと「うちは段差があるから」「エレベーターがないから」といった答えが返ってくることが少なくありません。つまり、身体に障がいのある方しか想定していない。これは大きな課題だと認識しています。

働きたいと思っている方の中には精神に障がいのある方もいるので、企業にはその点も重視していただきたいところです。KDDIエボルバのように障がい者雇用に本気で取り組んでいる企業は、すでに精神に障がいのある方も積極的に採用しています。

村上

KDDIエボルバでは、障がいのある社員のうち約46%が精神に障がいのある方で、私たちのグループに限ると約70%になります。みんなに安心して働いていただくには、職場の全員が障がいへの理解を深める必要があると実感しています。

障がい特性やそれに必要な配慮を知らないと、ちょっとした一言が相手を傷つけてしまったり、逆にマネジメントにあたる人のメンタルに影響がでたりすることもあります。そういったことを防ぐためにも、基礎知識や障がいの特性を知るサポーターの底上げをしていかないといけないと思います。

●KDDIエボルバで働く障がい者の障がい区分別割合(2022年8月末)

中村

村上さんのグループは、障がいのある方の就業意欲にもしっかり応えていますが、現実的には障がい区分によって雇用率には差があり、企業側に受け入れられる障がい区分を尋ねると、身体だけに○をつける企業が多いのです。

理由として、例えば、精神に障がいのある方は「対応方法がわからない」と。勉強や経験を積む前の段階で立ち止まってしまって、本来なら雇用できるはずの人材をたくさん失っている。もったいない話です。

村上

サポートする社員が障がいの特性を知っていれば、皆しっかり戦力になってくれます。

私が「事務サポートグループ」のメンバーに求めるのは、「就業意欲」と「自分自身の障がいへの理解」の2つだけです。経験や知識は後からいくらでも伸ばせます。実際にパソコンに触ったことがない方にも、入社後に一からレクチャーしています。

自分自身の障がいへの理解がない、あるいは配慮は不要だと思い込んでいる場合だと、サポートが難しいこともあるので、採用面談のときには、例えば音声だと意味が理解しにくいとか、知らない人と接するのがストレスになるとか、ご自身の特性をぜひ伝えていただけたらと思います。

中村

現場と本人がそこをきちんと把握していれば、職場になじむ上でも大きな助けになりますね。

精神に障がいのある方には、服薬で症状をコントロールできる方や、生活面を支援する機関がついている方も多いですし、採用後は支援機関や相談機関といった社会的リソースを使うことも可能です。企業の方々には、このこともぜひ知っていただきたいと思います。

障がい者雇用促進のために、互いを知り互いへの理解を深める

障がいの特性に対する理解の不足という課題の解決に向けて、どんな取組みを行っていらっしゃいますか?

中村

企業の方々に障がいへの理解を深めてもらおうと、企業見学会を開催しています。

現場を見て採用意欲を持った企業には、勉強会と短期実習(職場体験実習)の機会も提供しています。短期実習は雇用前のお試し期間のようなもので、1〜2週間、障がいのある方を実際に職場に受け入れるものです。

目的は、ご本人がここで働いていけそうかどうかを判断することと、企業側が障がいのある方との協働を体感すること。短期実習を通してお互いに「できそうだ」となったら、初めて雇用にいたる段階へ進む仕組みになっています。

例えば、休日をはさんだ月曜は憂鬱な気分になりますよね。KDDIエボルバの一部の部署では、5日間の短期実習をする際、あえて土日を挟んだ「水・木・金・月・火」でトライアルをしているんです。そして、月曜日に出社してきたときに「よく頑張ったね」と声をかけている。この声かけが大切で、障がいのある本人は評価されたと自信につながるんですよ。

村上

やはり入口の部分は大事ですね。「事務サポートグループ」は個人情報を取扱うことから入社前の実習はお受けしていないのですが、私は入社後最初の1週間が勝負だと考えていまして(笑)、この期間で「安心できる職場だな」と思ってもらえるかどうかがカギになると思っています。

ですから、「事務サポートグループ」では、最初の1週間は仕事よりも面談やガイダンスの時間を多くとって対話を重ねています。本人には「自分の取扱説明書(わたしのトリセツ)」を作っていただいています。これはその方の得意なことや好きなこと、苦手なこと、希望する配慮などをまとめたもの。障がいの有無にかかわらず、私も含めて職場の全員がお互いを知るために作っています。

中村

村上さんは産業カウンセラーの資格を持っていらっしゃいますから、その点も大きな強みだと思います。私もキャリアカウンセラーの資格を取得しましたが、人生で一番と言えるほど必死で勉強したので(笑)、公的なカウンセラーの資格は簡単にとれる資格ではないと実感しました。

その中で得た気づきは、「聞く姿勢」(傾聴)が重要だということ。家庭でも仕事でも、相互理解はやはり話を聞くことから始まりますね。

村上

本当に傾聴と対話は大事ですね。KDDIエボルバには、障がい者雇用の専門部署が全国4拠点にあり、各現場で皆が知恵を出し合っています。各自が「誰もがより働きやすい職場をつくるにはどうしたらいいか」と工夫を続けています。

●KDDIエボルバにおける障がい者の所属地域および障がい者雇用専門部署の設置拠点図(2022年8月末)

中村

また、雇用を推進し続けていくには、社内に村上さんのようなキーパーソンやその後継者が必要です。組織の役目は人を育てること。常に活動の継続を意識して、次にバトンを渡せるよう人材育成に取り組んでいく必要がありますね。

村上

同感です。サポートやマネジメントに当たる人財を育成するため、KDDIエボルバでは障がいに関する全社的なセミナーや、グループリーダー以上を対象にした精神・発達障害者サポーター講座、シチュエーション別ケーススタディ講座なども行っています。

成果も現れ始めており、現在、社内の精神・発達障害者サポーターの資格保有者は190名以上(2022年8月末時点)になりました。また、独自の相談窓口も全国に配置し、障がい者職業生活相談員の資格を持つ社員33名が、さまざまな相談ごとに対応しています。

中村

当財団でも、障がいのある方を採用した職場への支援を行っています。受け入れや仕事の教え方、定着などで悩んでいる職場に、当財団の認定職場適応援助者である「東京ジョブコーチ」を無料で派遣しており、職場の方々と一緒に問題解決を図っています。

村上

そうした社会的リソースは積極的に活用したいものですね。私たちも、障がいのある方本人だけでなく、社外の支援機関の方とも定期的に面談を行っています。本人が支援機関にしか話していないこと、私たちにしか話していないこともあるので、情報共有などの面で助かっています。

障がい者雇用を意識しないことが「ふつう」である社会を目指して

障がいのある方の育成について、KDDIエボルバではどんな取組みを行っていますか?

村上

「事務サポートグループ」では、プレーヤー、シニア、サポーターと業務難易度をレベル分けし、習得率に応じて次のレベルへの挑戦を促しています。また、習得率やミス率などを可視化して、その事実をもとに育成するよう心がけています。

そうした数値で見ていかないと、感覚的な声かけしかできませんし、面談で次の目標を提案できないまま終わってしまいますので。

中村

KDDIエボルバは育成によって障がいのある方をしっかり戦力化していると感じました。雇用率達成のために採用し、後はずっと低賃金で単純作業を続けさせるような企業も散見される中、すばらしい取組みだと思います。

村上

戦力と考えているからこそ、仕事はきっちりしてもらいます。事務をサポートする業務ですから成果物には妥協しませんし、ミス率も本人にフィードバックします。成果物を他部署に納めたときに「障がいがあるから少しぐらいミスがあっても仕方がないよね」とは言われたくありません。それだと「仕事をやらせてあげている」という雰囲気になってしまいますから。

中村

評価の面にも労力を使っているわけですね。努力次第でキャリアアップできれば働く意欲につながりますし、障がいの有無にかかわらず誰もが育成や評価の機会を得られる仕組みづくりは非常に重要です。

また、対応が難しい方が入社してきた場合、サポートに当たる方々のメンタルケアも大事になりますね。村上さんはご自身のメンタルをどう保っていますか?

村上

もともと大ざっぱな性格だからか、私はあまりストレスがたまらないんです(笑)。本当にメンバーがかわいくて、とにかく働き続けてほしいという想いが強いんですよ。

障がいのある方の特性やこだわりといった事例が蓄積されていけば、私たちが対応できる範囲も広がっていくので、それが就業意欲につながるのではと思っています。職場でサポートやマネジメントにあたる人にも、常日頃から「対応が難しい人が入社してきたときこそ私たちの腕の見せどころだよ」と伝えています。

私がよく考えるのは、「障がいのあるメンバーが自分の娘や息子だったら」ということです。親として、自分の子どもに、どんな会社でどんな人に囲まれて働いてほしいか、同じ職場の人々に何を望むか──。

障がいのある方を雇用しているほかの部署のリーダーたちも、私と同じ想いを持っています。みんなでトラブルや事例を共有したり、相談したり。こうした横のネットワークも大きな支えになっています。

今後の取組みや、目指す未来についてお聞かせください。

中村

当財団は産業労働局を主たる連携先としています。つまり、障がい者雇用は福祉ではなく(もちろん福祉的配慮は必要ですが)、産業活性化の一環なのです。

この理念に沿って、私たちは障がいのある方が働いて対価をもらうことが「ふつう」である社会を目指しています。

障がいのある方が、自分にできることを提供して、できる範囲で働くことで、社会がよくなっていくと信じています。今後も、障がいのある方がやりがいを感じられる職場を増やしていけるよう取り組んでいきます。

村上

私たちと同じように、全国の障がいのある社員全員が自分の能力を発揮して働き、その対価を得ることで、やりがいが生まれ、自分の人生がより豊かになっていく。KDDIエボルバとはそんな場所であり、そして定年まで働いていたいと思ってもらえる会社にしていきたいです。

私の究極の理想は、障がい者雇用を取組みと意識しないことが「ふつう」である会社です。そのために必要なのは特別なスキルではなく、想い、熱量。それがあれば前に進むことができると考えています。

その理想を叶えるために、これからも「事務サポートグループ」で体現して、全国にある事業所にバトンをつなぎ、KDDIエボルバ全体で脈々と続いていくようにしたいと思います。

中村

誰もがプロ意識を持って働いていける社会を目指したいですね。短時間でもプロとして働ける、自分の能力を発揮して対価を得られる、そして周りに「ありがとう」と言ってもらえる社会。誰もが尊厳をもって、誇りをもって生きていける社会にしたいです。

人間にとって、他者の役に立てるという実感は何より大切なものだと思います。私自身も常々、誰かの役に立てたらいいなと思いながら働いています。

村上

そうした実感を皆が持つためには、平等であるだけでなく「公平さ」も必要です。能力の差は誰にでもあります。だから、障がいのある方とともに働く場合、サポートがあることが当たり前で、それが公平な職場と言えるでしょう。

本当の意味での公平さをKDDIエボルバから体現して、それが「ふつう」である未来につながり、社会に広がって欲しいと願っています。

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